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ボールを蹴りはじめたキッカケ

明日は練習やね。

しかし久しぶりに書きます。
なんでかっていうと、ウチのPCがぶっ壊れてたんです。
あれだけメモリーやらハードディスクやら
かけがえのない思い出やらをたっくさん増設してたのに
勝手に壊れやがって!
やっぱ所詮機械やな!ジンコウテキやな!ペッ!
ってなってたワケです。
でも、やっぱPCはいいね。

なので今更ですが、
僕がボールを蹴り始めた話。

僕がボールを蹴りはじめたのは、1993年Jリーグ開幕の年。

当時ヴェルディ川崎のマイヤーが
開幕初のゴールを決めてしまったとき、僕は、
「なんでマイヤーやねん!そこはカズでええやんけ!」と
子供ながらに思ったものでした。
するとふと、
「おれはマイヤーよりうまくなれる!てか、もっと空気を読み取れる!」
と思いたち、気が狂ったようにボールを蹴り始めました。
フジワラ少年、10歳の春のことでした。

そうこうしているうちに、
ロベルト・バッジオの存在を知ってしまいました。
イエローラインのディアドラのスパイク。
スポーツ刈りとみせかけて、えりあしをミツアミ。
なにより、ちょーーーーーうまい!サッカーが!
みーちゃったみーちゃった、せーんせーいにいうーたーろーレベルでした。

こりゃいかんと思い、転校しました。
てのは、地元にはサッカー部のある中学校がなかったので、
サッカー部のある中学校に行ったのでした。
フジワラ少年12歳の春でした。

そして中学校へ入学。
気合を入れて、イエローラインのディアドラのスパイクを
お父さんに買ってもらいました。
縦社会のサッカー部において、イエローラインのディアドラほど
KYなものとは知らず・・・

てなこともありましたが、
そこでshinyaくんやキャプテン・ヒデジと出会いました。
フジワラ少年13歳の春。

あれから13年。
んーーー変わってない。
サッカーのスキルも、精神年齢も。



9フジワラユウキ

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あのときの
ユウキはいまでも忘れられません。

イエローラインのシューズ履いてるは
入部初日に
オーバーヘッドシュートを決めるはで
なんて空気の読めない
なんてカッコイイやつなんだと
思ったのが第一印象。

あれから13年。
なんにも変わらないね。

今日のオーバヘッドシュートも
あのころのままでした。
Shinya 15 | 2009/04/12 06:22
たしかにあのときのユウキは
わすれられません。

あの紅白戦でのシュートはもちろんキラーパスも
すごかった。

うーん やっぱりあのころと変わってないね。


アッ でも あのときよりパワフルになったね。




10  ヒデジ | 2009/04/12 23:04
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